大判例

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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2195号 判決

控訴人

山口義郎

外一九名

控訴人ら訴訟代理人弁護士

森川金寿 高橋修 太田雍也 榎本信行 佐藤和利

森田太三 木下泉 勝部浜子 奥田克彦 森川文人

四位直毅 岩崎修 盛岡暉道 池末彰郎 大山美智子

関島保雄 吉田栄士 岸本努 窪田之喜 尾林芳匡

松浦信平 飯塚和夫 山本哲子 土橋実 鈴木亜英

杉井静子 平和元 山本英司 渡邊淳夫 中杉喜代司

成瀬聡 井口克彦 村田光男 大野隆司 渡部照子

須藤正樹 鷲見賢一郎 藤井篤 森賀幹夫 大崎潤一

長澤彰 横山聡 加藤健次 永盛敦郎 原和良

鹿島恒雄 小林和恵 野村侃靭 川本蔵石 島田修一

河内謙策 内藤功 松井繁明 上田誠吉 谷村正太郎

松島暁 宮川泰彦 大森夏織 石川元也 鳥海準

山本真一 青木護 榎本武光 田中隆 青柳孝夫

被控訴人

アメリカ合衆国

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴人らの求めた裁判

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、別紙第一、二控訴人目録記載の控訴人らに対し、在日米軍横田飛行場において毎日午後九時から翌日午前七時までの間、航空機の離発着をしてはならない。

三  被控訴人は、国と連帯して、別紙第一控訴人目録記載の控訴人らに対し、それぞれ金八〇万円、同第二に控訴人目録記載の控訴人らに対し、それぞれ金六〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人は、国と連帯して、別紙第一控訴人目録記載の控訴人ら及び同第二控訴人目録記載の控訴人らに対し、訴状送達の日の翌日から右第二項記載の行為がなくなり、かつ、その余の時間帯において右控訴人らの居住地に六〇ホーンを超える一切の航空機騒音が到達しなくなるまでの間、毎月末日限り、それぞれ一カ月金二万二〇〇〇円の割合による金員及び右各金員に対する当該月の翌月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに第二ないし第四項につき仮執行の宣言を求める。

第二  事案の概要

本件は、在日米軍機の横田基地での夜間における離発着が不法行為に該当することを理由として、その騒音による被害を被ったことを主張する控訴人らが、被控訴人(アメリカ合衆国)に対して、その差止めと損害賠償を求めるものである。

第三  控訴人らの主張

一  原審における控訴人らの主張

1  被控訴人軍隊に対する日本国内法の適用

国は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安保条約」という。)」六条に基づく横田基地を被控訴人に提供している。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「地位協定」という。)」は、全体として米軍に対する日本の国内法令の適用があることを前提としている。米軍の措置の結果が基地外にまで及ぶ場合は、地位協定三条3項により、米軍は、公共の安全に配慮する義務を負う。地位協定一六条によって、米軍はわが国の法令を尊重する義務を負っている。また、法令一一条一項は、不法行為についての準拠法について、「其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」と定める。

したがって、条約に基づいて基地を利用する米軍に対しても日本国内法の適用があり、米軍は、日本法を遵守して日本国民の生活環境を保全し、その健康を害する行為をしてはならない義務を負担する。

横田基地における航空機の離発着、および同基地の管理・運用にともなって控訴人らが被っている各種被害の発生は、米軍が日本法の遵守義務に違反して控訴人らの人格権を侵害していることを意味する。米軍の構成員または被用者がその職務を行うに当たり、日本国内において違法に他人に損害を加えており、あるいは米軍の占有する土地の工作物その他の物件の設置または管理に瑕疵があるために、他人に損害を与えているのであって、被控訴人であるアメリカ合衆国にその責任がある。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、人格権に基づいて右侵害行為の差止めと損害賠償を請求する。

2  国際的裁判管轄権と主権免除

控訴人らの被控訴人に対する請求は、日本国内における被控訴人の不法行為に基づく損害賠償及び右不法行為の差止を求めるものである。

不法行為に基づく損害賠償請求訴訟については、不法行為地の裁判所に国際的裁判管轄権がある。本件では、加害行為地及び損害発生地のいずれにおいても不法行為地は日本であるから、日本の裁判所に管轄権がある。

また、不法行為地の裁判所に管轄権を認める趣旨は、被害者の保護・立証の便宜のためであるから、不法行為の差止請求訴訟についても不法行為地の裁判所が管轄権を有する。

外国政府を被告とする訴訟については、わずかな例外を除いて外国政府にはわが国の裁判権は及ばないとする主権免除の考え方がある。

国家間の主権の尊重という見地から外国政府に対する裁判権の行使に一定の制約があることは認めざるを得ない。しかし、現在では、国家も商取引の当事者となるなど、その行為は、もともと私人間でなされていた領域にも広く及んでおり、かつ、国家が、国境を越えてこのような諸活動を行うことも日常化している。このような行為についてまで、私人と外国政府とを別個に取り扱う理由はないし、外国政府には常に裁判権が及ばないと解することは、紛争の公平な解決や人権の保護という観点から見ても妥当ではない。

したがって、外国政府に裁判権が及ばない場合があるとしても、それは裁判権の行使が主権侵害につながる場合、すなわち国家に本来的に認められる政治的行為と直接関連のある係争事項に限られるというべきである。

3  主権免除の不適用

控訴人らの被控訴人に対する本件訴訟について、被控訴人が主権免除を主張して応訴を拒絶することは、以下のとおり認められるべきではない。

前述のとおり、外国政府の主権免除は、国際的にますます制限的に解釈され適用されつつあるが、特に本件のような不法行為による人身侵害に関連した訴えについては、主権免除が認められないのが国際的趨勢である(ヨーロッパ国家免除条約(ヨーロッパ評議会)一一条、イギリス国家免除法五条、アメリカ合衆国主権免除法一六〇五条(a)(5))。

被控訴人に対する本件差止請求は、公害訴訟として提起したものである。控訴人らが求める米軍機の夜間飛行制限は、公害の発生行為の差止を求めるものであり、軍事行為の制限を求めるものではない。軍隊の行為といえども、不法行為は、民事上の行為として主権免除が認められない。

また、本件は、日米安保条約及び地位協定により、日本国から被控訴人に貸与された横田基地の管理・運営の方法に関する請求でもある。不動産に関する訴えについては古くから不動産所在地の国の裁判権に服するとされてきた。主権免除に関する条約や諸外国法も、一般に、不動産に関する訴訟については主権免除の対象から除外することを定めている(前記ヨーロッパ国家免除条約九条、イギリス国家免除法六条、アメリカ外国主権免除法一六〇五条(a)(4))。本件は、横田基地の管理・運営方法に関する請求として主権免除の対象から除外されるべきである。

したがって、本訴で被控訴人は主権免除を主張し得ないのであるから、裁判所は、日本国に対すると同様に、被控訴人に対しても法定の送達手続により訴状を送達して、実質的審理を行った上で判決すべきである。

二  控訴理由

原判決は、大審院昭和三年一二月二八日決定(大審院民事判例集七巻一二号一一二八頁)を引用して、明示的に応訴意思が表明された場合、又は日本国内の不動産を直接の目的とする権利関係に関する訴訟を除き、日本の裁判権は外国を被告とする訴訟には及ばないところ、被控訴人が本件につき応訴意思を有しないことが確認されたことを理由に(原審裁判所の照会に対し、被控訴人は、平成八年九月三〇日、外務省の口上書を送付して、本件に関し「日本の裁判権に服することを拒否する。」と回答した。)、本件訴えを却下した。

控訴人らが当審において主張した控訴理由の概要は、次のとおりである。

1  控訴人らは、本件控訴理由として、原判決引用の大審院決定はすでに先例的意義を失っており、自国内での不法行為に対しては主権免除の適用はなく、日米の国家主権は対等・平等であり、日本の領域内の行為については、原則として日本国の主権の行使が認められるべきであり、公害による被害に対する司法救済の観点からすれば、不法行為には主権免除の適用はなく、不法行為の主体が軍隊であることは、主権免除の理由とはならないと主張した。

2  そして、不法行為の主体が軍隊であることが主権免除の理由とはならない点につき、以下のように詳述する。

(一) 本件は、違法な人権侵害に対する救済を求めるものであるから、本件について裁判権を及ぼしたとしても主権を侵したことにはならない。

本件は、横田基地における米軍の行為自体を問題にするものではなく(その意味は判然としないが、米軍の駐留の是非やその日本国内における軍事行動の当否を問題とするものではないという意味と解される。)、控訴人らが被っている被害の救済方法として、夜間の飛行差止を求めるものである。控訴人らが被っている被害については、すでに米軍の違法な活動によるものであるとの最高裁判所の判断が示されているから(最高裁平成五年二月二五日第一小法廷判決・民集四七巻二号六四三頁、同日同小法廷判決・判例時報一四五六号五三頁)、その救済のために米軍機の飛行を制限したからといって米国の主権を侵害することにはならない。

(二) 在日米軍は、日米間の合意に基づく存在であるが、その合意によれば、本件訴訟につき主権免除は認められない。

在日米軍は、本来わが国の主権が及ぶ日本国領土内に駐留しているが、その存在が「合法化」される根拠は、日米両国間の合意の存在である。したがって、在日米軍に対しては、それが外国の軍隊であるとの理由だけで日本の裁判権の行使を否定することはできない。日米両国間で在日米軍の行為について裁判権を免除するとの明確な合意がないかぎり、原則にもどって日本の裁判権が及ぶと解すべきである。そして、次のとおり、日本と米国との地位協定等の解釈からは、在日米軍の行為に対して裁判権の行使を免除するという結論を導き出すことはできず、かえって、本件のような不法行為については、日本の裁判権が当然に及ぶことを前提にしているものと解される。

まず地位協定一六条は、「日本国の法令を尊重(する)……ことは、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の義務である。」とし、同一八条9項(a)は、「合衆国は、日本国の裁判所の民事裁判権に関しては、5(f)に定める範囲を除くほか、合衆国軍隊の構成員又は被用者に対する日本国の裁判所の裁判権からの免除を請求してはならない。」と定めるが、これは被控訴人に対して、原則として日本の裁判権が及ぶことを定めたものである。

また地位協定一八条5項は、「公務執行中の合衆国軍隊の構成員若しくは被用者の作為若しくは不作為又は合衆国軍隊が法律上責任を有するその他の作為、不作為若しくは事故で、日本国において日本国政府以外の第三者に損害を与えたものから生ずる請求権は、日本国が次の規定に従って処理する。……(c)前記の支払又は支払を認めない旨の日本国の権限ある裁判所による確定した裁判は、両当事国に対し拘束力を有する最終的なものとする。」と定めるが、この規定によれば、当然に本件について日本の裁判所に裁判権がある。

更に、地位協定一八条10項は、「合衆国軍隊による又は合衆国軍隊のための資材、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約から生ずる紛争でその契約当事者によって解決されないものは、調停のため合同委員会に付託することができる。ただし、この項の規定は、契約当事者が有することのある民事の訴えを提起する権利を害するものではない。」と定めるが、この「契約の当事者」には不法行為の被害者も含まれるものと解釈することが可能である。

地位協定の右各規定は、むしろ本件につき主権免除は認められないことを示すものである。

(三) 米国内においては、本件のような外国の不法行為については裁判権の行使が是認される。

(1) アメリカ外国主権免除法には、米国内で外国政府、その公務員によってなされた不法行為による人の傷害又は死亡、財産損害について金銭賠償を請求する場合は免除されない旨の規定(一六〇五条(a)(5))が存在するから、本件のような不法行為については、原則として主権免除の対象とはならない。もっとも、外国政府の不法行為であっても、「裁量的行為」に当たる場合には、やはり主権免除の対象とされて、例外的に裁判権が及ばないものとされているが、「裁量的行為」であるかどうかは、計画策定レベルで決定されたかどうかによって決まるものとされている。とすると、本件のような米軍機の飛行による被害に関しては、それが「計画策定レベルで決定」され、その決定を遵守した方法による飛行であれば、市民に損害を生ぜしめても、外国は、責任を免除されることになり、計画策定レベルで決定されたところに従わない飛行がなされてはじめて当該外国は責任を負うと理解される。

(2) ところで、横田基地における米軍機の離発着については、平成五年一一月一八日の「横田飛行場の騒音規制措置に関する日米合同委員会の合意」により、「二二時から六時までの間の時間における飛行及び地上における活動は、米軍の運用上の必要性に鑑み緊要と認められるものに制限される。」として、午後一〇時から午前六時までの間は、原則として一切の活動をしないものとされている。ところが、実際には、右合意後も午後一〇時から午前六時までの間に、横田基地における飛行および地上での活動が日常的に行われており、本件では、政府間で周辺住民との関係で許されないと判断された行為が日常的に継続しているのである。つまり、横田基地においては、「計画策定レベルで決定されたところ」に従わない飛行及び活動が繰り返されているということになり、「裁量行為」として主権免除される場合には到底当たらないことになる。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、次の理由により控訴人らの本訴請求は不適法であると判断する。

一  地位協定による裁判権免除

地位協定一八条5項は、公務執行中の合衆国軍隊の構成員又は被用者の作為又は不作為あるいは合衆国軍隊が法律上責任を有するその他の作為、不作為、もしくは事故を原因とする損害賠償請求権(契約による請求権等は除く。)に関して、アメリカ合衆国ではなく、日本国政府が裁判を含む方法によって解決するものとし(同項(a))、それによって金銭を支払うべきときは、日本国政府が支払うが(同項(b))、その支払を命ずる日本国裁判所の確定裁判は、日米両国を拘束し(同項(c))、両国は、同項(d)(e)に定めるところにより、損害賠償金を分担することを定める(アメリカ合衆国だけに責任がある場合には、我が国が二五パーセントを負担し、アメリカ合衆国が七五パーセントを負担するが、両国共に責任がある場合等には均等の割合で負担する。同項(e))。

この規定が存在するために、公務執行中の合衆国軍隊の構成員又は被用者の不法行為により被害を受けた日本国民は、日本の裁判所に、アメリカ合衆国ではなく、日本国政府を被告として、損害賠償請求訴訟を提起し、認容判決を得たときは、日本国政府から賠償金の支払を受けることができるが、アメリカ合衆国を被告として訴えても、我が国の裁判所は、合衆国等に対して裁判権を有しない。

もっとも、地位協定一八条5項(f)には、「合衆国軍隊の構成員又は被用者は、その公務の執行から生ずる事項については、日本国においてその者に対して与えられた判決の執行手続に服さない。」とあるので、「合衆国軍隊の構成員又は被用者」たる個人は、日本の裁判権に服すると解することができるが、この規定を以てしても、合衆国軍隊等の不法行為に関し、アメリカ合衆国に我が国の裁判権が及ぶものと定めたと解することはできない。

地位協定のこの定めは、日米安保条約に基づき、日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊とその構成員の公務執行中の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟に、合衆国又は駐留軍が巻き込まれることがないように、合衆国に対して、我が国の裁判権に服することを免除し、合衆国等に対して、我が国の裁判権を放棄することを定めたものである。

この種の規定は、日米間だけに特殊なものではない。アメリカの一九七六年外国主権免除法(合衆国法二八号裁判所及び裁判手続法一六〇四条以下)は、いわゆる制限的(相対的)主権免除主義を採用して、主権免除適用除外行為を列挙し(同法一六〇五条)、外国等による不法行為も商取引行為と並んで裁判権を及ぼすべき行為と定めたが(同条(a)(5))、同時に既存の条約が優先して適用されることも定めるので(同法一六〇四条)、合衆国内におけるNATO軍の一員である外国軍隊又は軍人による不法行為については、北大西洋条約の軍隊地位協定が適用される結果、被害者たる米国民は、米国の裁判所に対し、合衆国政府を被告として損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴判決があったときは、まず、合衆国政府がその認容額全額を支払った後、その外国に対して協定に基づく分担額を米国に支払うよう求めることができるが、その反面、米国民が、その外国に対して訴訟を提起しても、米国の裁判所は、裁判権を行使することはできない。

ヨーロッパ評議会の一九七二年ヨーロッパ国家免除条約も、同様に、外国等による不法行為を主権免除例外として、締約国の裁判所は、その裁判権を及ぼすことができると定めるが(同条約一一条)、同条約は、外国軍隊等に関して締約国が持つ特権免除には影響しないことを定める(同条約三一条)。NATO軍所属の外国軍隊の地位協定等を意識した規定である。

二  差止請求訴訟の裁判権

地位協定一八条5項は、直接的には、公務執行中の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟に関する規定であって、差止請求訴訟に関しては明文の規定はない。しかし、損害賠償請求権に関する裁判権免除の規定の趣旨は、差止請求訴訟にも類推して適用すべきものである。なぜなら、地位協定のこの規定は、外国等の不法行為に関しては、商取引行為等と同様に、国家免除又は主権免除の例外として、外国等に対して裁判権を及ぼすことができるとするのが世界の大勢になっており、我が国の裁判所も同様の立場をとって裁判権を行使する可能性があることを前提としつつ、駐留軍等の公務執行中の不法行為に関して、アメリカ合衆国が裁判権に服することを免除したものであるところ、その裁判権免除の要請は、駐留軍等の不法行為に関する訴訟である限りは、損害賠償請求訴訟も差止請求訴訟も変わりがなく、差止請求訴訟についてだけは、損害賠償請求とは別に、裁判権を免除しないと定めたとは考えられないからである。

しかし、地位協定は、損害賠償請求権については、アメリカ合衆国に代わって、日本国政府を被告として、被害者たる日本国民が日本の裁判所に賠償請求訴訟を提起する道を開いてはいるものの、差止請求訴訟については、同種の方法を定めていない。そのような見解は見当たらないが、救済方法に関しても損害賠償請求権についての地位協定の規定が類推適用されると解釈する余地も全くないわけではない。もし、類推適用があるとすると、騒音被害者たる日本国民は、我が国の裁判所に、日本国を被告として駐留米軍の飛行を止めさせるための措置を求める訴訟を提起し、その請求認容の判決があったときは、日本国政府は、アメリカ合衆国に対し相応の措置を採らなければならず、地位協定上の義務として、合衆国駐留軍は、これに応じて飛行を差し止めなければならないことになる。しかし、明文による合意もないのに、地位協定がアメリカ合衆国に対して、このような義務を負わせていると解釈するのには無理がある。日本国政府を被告とする駐留米軍機の飛行差止を求めた訴訟において、前記最高裁判所第一小法廷の二つの平成五年二月二五日判決は、右訴えを不適法とした原判決は相当ではないとしながらも、条約とこれに基づく国内法令に特段の定めがない限りは、日本国政府は、日米安保条約等に基づく駐留米軍の活動を制約できないことを理由に、騒音被害者の請求は主張自体失当として棄却を免れないとした。当裁判所も、この判例と同じ理由により、日本国政府に対して、駐留米軍機の飛行差止を求めることはできないと解する。差止請求権について、アメリカ合衆国に対する裁判権を免除しながら、それに代わる救済方法を定めなかったのは、地位協定の不備であるという批判もあり得るが、これは外交政策又は立法政策の問題である。

そうすると、日米両国のどちらの政府を相手としても、我が国の裁判所において、訴えを提起する方法により、駐留米軍機の飛行差止請求の目的を達する道は閉ざされることになるが、現行法上は致し方ないところである。

日本国政府は、平成五年一一月一八日、アメリカ合衆国との外交交渉により、「二二時から六時までの間の時間における飛行及び地上における活動は、米軍の運用上の必要性に鑑み緊要と認められるものに制限される。」との「横田飛行場の騒音規制措置に関する日米合同委員会の合意」を締結したが、このような外交努力を要請することはできても、現行法上は、騒音被害者が日米両国政府に対して、訴訟によって直接に飛行差止を求めることにより解決することはできない。

控訴人らは、地位協定の諸規定を掲げて、本件の損害賠償請求及び差止請求につき、被控訴人に対する裁判権を及ぼすことができる根拠として主張するが、右のとおり、地位協定は、控訴人らの主張とは反対に、本件の損害賠償請求及び差止請求につき、被控訴人が我が国の裁判権には服さないことを定めたものであるから、控訴人らの主張は理由がない。

三  制限的免除主義

控訴人らが指摘するまでもなく、主権免除又は国家免除につき、国内の不動産に関する権利についての訴訟を除き、被告である外国の応訴がないかぎりは、その外国に対して裁判権を行使できないとする、いわゆる絶対的免除主義をとる前掲の大審院判例は、その後の国際情勢の変化により、もはや先例としての価値を失ったものとする見解が有力である。

かつては、国は他国の主権の行使である裁判権に服することはないという主権免除は、国際慣習法として存在していたが、国家の活動範囲が広がり、私人と同様な立場で商取引を含む経済活動を活発に行うようになると、主権国家であるというだけの理由で、外国の裁判権が及ばないとすると、取引の相手方の保護に欠けるだけでなく、国家の活動にも支障が生じたので、国家の行為のうち主権行為(公法的行為)については他国の裁判権は及ばないが、私法的行為(職務行為、商取引行為、業務管理的行為)については、その当事者たる国も外国の裁判権に服するとの制限的免除主義が普及し、昨今では旧社会主義国の一部を除いては、ほとんどの国が制限的(相対的)免除主義を採用するに至った。

したがって、このような世界の大勢にもかかわらず、我が国だけが絶対的免除主義に固執するときは、国の経済活動を含む様々な活動の障害となるし、制限的免除主義がより合理的であるから、これを採用して絶対的免除主義は廃棄すべきであるとしつつ、それにもかかわらず、原判決が依然として前掲大審院判決に先例としての意義を認めてこれを踏襲したのは正しくないとする控訴人らの主張は傾聴に値する。

また、前出のアメリカ外国主権免除法やヨーロッパ国家免除条約だけでなく、一九七八年イギリス国家免除法、諸外国の外国主権免除に関する諸制定法、国際法協会作成の一九八二年国家免除条約案(一九九四年改訂)、国際連合国際法委員会作成一九九一年国家免除条約草案等には、いずれも外国の政府機関及びその構成員等による不法行為等を主権免除の例外とする明文の規定があり、外国等による不法行為については、その行為地国裁判所の当該外国に対する裁判権を認めるのが、世界の趨勢となっていると評することができる。

たしかに、我が国の裁判例中には制限的免除主義を正面から宣明したものは見当たらないが、偶々、適切な事例に乏しかったためにすぎず、むしろ、前出の地位協定一八条5項の存在は、我が国も既に絶対的免除主義を廃棄して、制限的(相対的)免除主義を採用していることを示すものであるということも可能である。なぜなら、前述のように、この規定がなければ、駐留米軍の公務執行中の不法行為について、米国又は米軍に対して、わが国の裁判権が及んでしまうので、協定により特にこれを免除したとみることも可能だからである。

しかし、所論の制限的免除主義を採用したとしても、地位協定一八条5項により、本訴請求に関し、被控訴人に対して裁判権を行使することはできないことは、前示のとおりである。

四  米国の裁判例との権衡

控訴人らは、アメリカ外国主権免除法が外国等の不法行為を主権免除適用除外としているので、本件と同種の行為が米国内でなされたときは、米国の裁判所は、外国等に対して裁判権を行使して、損害賠償を命じているのに、わが国の裁判所が不相当に遠慮して、本件につき裁判権を行使しないとすると権衡がとれないと主張する。

しかし、米国の裁判所が米国内における外国軍隊の訓練等に関連する不法行為につき裁判権を行使した実例は見当たらない。米国内においては外国軍隊による訓練等がなされる機会が乏しいためであろう(平時において、外国軍隊が他国内で訓練を含む軍事行動をとる場合には、事前に条約や協定等による国家間の合意がなされるのが通常であるところ、そのような条約等が締結される場合には、日米間の地位協定や北大西洋条約に基づく駐留軍等の地位協定等のように、その条約や付属協定等により、外国軍隊等の公務執行中の不法行為については、駐留国の裁判権が免除されるとするのが通常であると思われるが、外国駐留軍の不法行為について、米国政府が訴えられた例も見当たらない。)。

控訴人らは、米国内における米国空軍ジェット機の飛行による騒音被害に関して、合衆国政府の賠償責任を認めた米国裁判所の複数の裁判例を掲げたが、これらは、連邦不法行為請求権法(合衆国法二八号二六七一条以下)に基づき、米国内における米国政府機関等の不法行為を原因とする請求に関するものであって、外国機関等の米国内における不法行為に関するものではないから、本件と同種の事例とはいえない。

連邦不法行為請求権法には、「……連邦機関又は政府職員による裁量的機能又は義務の行為又は実行あるいはその不行使に基づく請求権は、その裁量の濫用があったかどうかに関わりなく、」責任を問うことはできないとする規定があり(同法二六八〇条(a))、外国主権免除法中にも、「裁量的機能の行使又は実行、あるいはこれを行使せず又は実行しないことに基づく請求権については、その裁量の濫用があったかどうかに関わりなく、(主権免除例外を適用しない。)」との同旨の規定がある(同法一六〇五条(a)(5)(A))。

米国における「裁量的行為」の理論は、国家の主権の発動としての政治的・経済的・社会的政策決定に関する行為を「裁量的行為」とし、裁判所は、訴訟を通じてこれに介入することを差し控えるべきであるから、「裁量的行為」は、国家免除又は主権免除の対象となって、裁判によりその責任を問うことはできないとするものである。連邦不法行為請求権法により、米国内における合衆国政府機関又はその職員等の不法行為につき合衆国の責任を追及するためには、まずこの「裁量的行為」に当たるかどうかを判定しなければならず、その決定基準は、「立案段階」の行為か「実行段階」の行為かによって区別し、後者の場合は、「裁量的行為」ではないから、合衆国又は州政府の責任を問うことができるとする多くの裁判例が現れた。米空軍ジエット機の米国内での過度な飛行騒音による被害等を「実行段階」における行為として、合衆国政府の賠償責任を認めた複数の裁判例もそれである。

しかし、連邦不法行為請求権法事件の判例により展開された「裁量的行為」に関する理論は、外国主権免除法についても妥当するとした裁判例がある一方で(ノルウエー領事が、州裁判所の命令に違反して、子供を外国に連れ出す母親を助けた件につき、ノルウエー国と領事の責任を否定した第九巡回区連邦控訴裁判所一九九一年五月二二日リスク対ハルボーセン事件判決)、外国主権免除法は、連邦不法行為請求権法により合衆国に認められる責任と同種の責任を外国に課するものではないとした判例もある(契約妨害に関するメキシコの国営企業の責任を否定した第九巡回区連邦控訴裁判所一九九五年五月二二日エクスポート・グループ対リーフ産業社事件判決)。また、外国主権免除法による不法行為に関する主権免除例外を適用するに当たって、「裁量的行為」であるかどうかを決定する基準は、連邦不法行為請求権法事件と同様に、「計画段階」の行為か「実行段階」の行為かの区別によるとした下級審の判例もあるが(犯人を護送中の飛行機が合衆国上空で墜落した事故につき、犯人の遺族のメキシコ政府に対する賠償請求を否定した第九巡回区連邦控訴裁判所一九八四年七月一四日オルセン対メキシコ政府事件判決。メキシコ総領事館周辺で抗議行動をした者に暴行を加えた領事館員の責任を否定した同裁判所一九八七年六月一八日ゲリッセン対デラ・マドリッド・フルタド事件判決。賃借アパート内の家具を故意に破壊した領事館員の責任を肯定した同裁判所同年一〇月一九日ジョセフ対ナイジェリア総領事館事件判決)、連邦不法行為請求権法事件とは異なり、外国主権免除法の適用が問題となった事件では、外国等の責任を否定する方向で、この基準を活用した事例が多い。

のみならず、連邦最高裁判所は、連邦不法行為請求権法事件についても、「裁量的行為」かどうかは当該の行為の性質によって決定すべきであるとしつつ、「計画・実行」レベルという区別によらないで判断して、合衆国政府の責任を否定したことがあった(米国製航空機の欠陥に起因する事故の被害に関し、連邦航空局の型式検査による責任を否定した一九八四年六月一九日合衆国対ヴァリグ(ブラジル)航空事件判決)。

こうしてみると、連邦不法行為請求権法事件についても、控訴人ら主張の識別基準が広く採用されてはいるものの、それが不動の基準であるといい切れないだけでなく、外国主権免除法の適用に当たって、これと同一の例外識別基準が採用されていると断ずるのは早計である。

また、理論的にも合衆国(又は州)政府の不法行為責任に関しては、統治行為の理論が適用されるが、外国主権免除については、それ以外の考慮が働く点において大いに異なる。

それよりも何よりも、前述のとおり、外国軍隊の米国領土内での訓練等を不法行為として、外国に対する裁判権や責任を認めた裁判例は見当たらないから、本件と同種事件が米国で発生したと仮定した場合に、外国主権免除が認められない蓋然性が高いとはいい難い。よってこの点に関する控訴人らの主張はあたらない。

第五  結論

以上のとおり、控訴人らの本件訴えを却下した原判決は正当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法二九七条により準用される同法一四〇条により、口頭弁論を経ることなく、本件控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項本文、六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・髙木新二郎、裁判官・末永進、裁判官・藤山雅行)

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